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ささやま寺子屋カフェとは?(1/2)

新元号「令和」、そして「丹波篠山市」への市名変更が成される5月1日。 そんなタイミングで僕たち寺子屋も、新しいサービスを始めます。 その名も「ささやま寺子屋カフェ」。 さて、それはどんなサービスなのでしょうか? 「どこ行っても集中できる場所がないねん。」 これは、寺子屋に通う高校生が放った一言でした。 思えば、僕の高校生時代はとても恵まれていたなと感じます。 僕の通っていた堀川高校は、京都市内にありました。 祇園祭のシーズンは、出囃子の鳴る人混みの中、 下校しなければならないほどの場所にありました。 「さて今日も勉強しようか。」 そう思う放課後。 選択肢はほぼ無限に近いくらいありました。 ・学校の自習室か図書室か、食堂にいく。 ・教室で残ってもいいな。 ・どこかカフェにいこうか。 ・コンビニのイートインスペースでも勉強できるぞ。 ・通っている塾の自習室もいいな。 ・まぁ、家でやってもいいけど。 勉強にやる気になっていた高校3年生。 部活を引退してからは、毎日そんな感じでした。 「どこ行っても集中できる場所がないねん。」 「学校は部活終わりもう追い出されるし、かと言って家は集中できる部屋ないし、 外にも勉強スペースっぽい所はあるけど、他の学校の子とかいて、もし喋ってたりしたら もうそれだけで結局集中できひんやん。」 寺子屋は、こんな悩みを持った篠山の中高生に向けて、 「ささやま寺子屋カフェ」をスタートします。 端的に言うと、 ”静かに集中できる自習室”です。  ー自習室の醍醐味。自習がベースですが、質問に対応できる講師が駐在します。 ”仲間意識が芽生える自習室”です。  ー集まったメンバーで今日の目標を共有。互いが応援し、監視し合う空間づくりをします。 ”家に持って帰れる自習室”です。  ー寺子屋カフェとテレビ電話を繋ぐだけで、家でもどこでも「集中できる空間」のできあがり! ”気軽に立ち寄れる自習室”です。  ー「寺子屋気になってたんやけど…」という方にも、「お試し」してみたくなるキャンペーンが! ”塾と併用できる自習室”です。  ー寺子屋塾と、寺子屋カフェの相性は抜群! ※ここについてはまた来週。 さてさて、どんな空間か、少しずつ気になってきたんじゃないですか? 詳しい内容やご利用方法等はまた来週発表します! (正直言うと、今急ピッチで詰めているところです。笑) 教育機会の格差を無くし、 子どもたちが「篠山に生まれて良かった」と思えるよう 学習環境づくりと、コミュニティづくりに取り組む、 小さな学習塾。 これが寺子屋の理念です。 ささやま寺子屋カフェも、同じ理念の元、 「どこ行っても集中できる場所無いねん。」から 「篠山には寺子屋があるねん。」へ、 子どもたちの発言が変わる日を目指して。 これからもどんどん進化を続けていきます。...

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「書くこと」の本当の力を引き出そう!

  人は読むことで豊かになり、話すことで準備ができ、書くことで厳正になる。   イギリスの哲学者、フランシス・ベーコンの言葉です。 以前、「話せばわかる」という題で、人に説明するという勉強法をお話ししました。今回は「書く」という勉強方法についてお話ししようと思います。   私は、「書く」ことは「読む」「話す」の良いところを合わせた最高の勉強法だと思っています。   高校時代、私のクラスに「ティキ」というあだ名の子がいました。ティキは笑いのセンスが抜群で、クラスの人気者でした。成績もよく、特に世界史や日本史ではトップを争っていました。 ティキには変わった習慣がありました。彼はテスト前になると、世界史のテスト範囲について、出来事の流れや重要語句をルーズリーフ数枚にまとめ、クラスの掲示板に貼り出すのです。 それは本当に分かりやすく、かつ随所に彼らしいユーモアも散りばめられていて、皆から「ティキペデイア」と呼ばれていました。ティキペディアのおかげで私たちのクラスは世界史の平均点が他のクラスより高く、大助かりでした。 でも、最もティキペディアの恩恵を受けているのは、もうお分かりだと思いますが他ならぬティキ自身です。 彼はクラス全員に読ませるクオリティのものを作るため、誰よりもその内容を理解する必要がありました。口頭で教えるのと違い、書いたものは証拠が残ります。嘘は書けません。彼はティキペディア執筆の際、間違いのないよう「厳正に」内容を吟味したのだろうと思います。その過程で知識は自然と整理され、彼の血肉になっていったのです。 もう一つ、理由があります。このティキペディアはティキ自身も読み返します。そして、ティキペディアはティキが「自分自身が最も理解できる方法」でまとめたものなのです。つまりティキペディアを読んだとき、最も理解が深まるのもまたティキ自身です。 作るとき勉強になる。読み返して勉強になる。これは「読む」=インプットと「話す」=アウトプットのそれぞれの長所を極めた最高の勉強方法といえるのです。   彼の勉強方法は、誰もが真似できることではないでしょう。部活や習い事で忙しいなか、皆に読ませるレベルのものを作るのは大変な作業です(ちなみにティキは帰宅部でした)。ですが、参考にすることはできます。 めちゃくちゃ効果的な方法です。   テスト前に自分だけのノートをつくる。   自分だけに分かる「マイペディア」を作るつもりで書きましょう。他の人にとっては意味不明で構いません。字も自分で読める程度の走り書きで大丈夫です。 ここで大事なのは、授業中の先生の板書を写すノートとは別で、ゼロから自分でノートを作ることです。 先生の板書は最初からある程度まとまっていますが、「書き写す」という機械的な作業になってしまいがちです。はっきり言って、機械的に書き写すことでは記憶は定着しませんし、理解も深まりません。そもそも、写さなくても後で教科書を読めば大半は同じことが書いてあります。   大事なのは、そもそも授業を聞くこと。 そして、理解したことを自分の言葉で書き出すことです。   自分の言葉で書き出すことで、そうして書かれた自分の文字を読むことで、ただ読んだり話したりする何倍も記憶が定着します。正解はありません。世界に一つだけの自分のノートを作ってください。   ノートを書く際の具体的なテクニックについては、最近それに関連する本を買ったので、またどこかでお話しできたらと思います。お楽しみに!                                ...

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話せば、わかる。

  こんにちは。ささやま寺子屋塾の池です。   今まで勉強していて、こんなことはありませんでしたか? 教科書をしっかり読んで、内容は理解できた。問題集もやった。なのに、テストの成績がいまひとつ伸びない。特に、記述問題がわからない……。 それはもしかしたら、「表現する」という勉強方法が足りないからかもしれません。   勉強の目標を「問題が解ける」ではなく、「人に教えることができる」というところに設定してみましょう!   得意科目でなくても構いません。今すぐ、仲の良い友達か誰かに「次のテストでこの教科を教えてあげる」と約束しましょう(お礼にジュースでも奢ってもらいましょう)。 そして、しっかり準備して、相手が理解できるように教えて下さい。 実はそれが、成績アップの近道なのです。     私は小学生の頃、将棋を習っていました。その将棋教室の先生は、教室の最後にいつもこう言っていました。 「ええか、今日覚えたこと、家でお母さんに喋るんやで!」 私は先生に言われた通り、家に帰って母に喋りました。 「お母さん、あんな、桂馬は駒をジャンプできるねん」 「最初は飛車の前の歩を動かすねん」 母は、そうかそうかと聞いてくれました。 やがて私は強くなり、教室で習う内容は高度になっていきました。 「お母さん、あんな、対四間飛車の4五歩急戦定跡で2四歩の突き捨てに同角と取られたときは、9五歩を一本利かすことで後手の美濃囲いに端攻めの味をつけると同時に、飛車切りの変化で香車を走って4三に打つ一歩を確保するのが……」 母は、そうかそうかと聞いてくれました。 もちろん、母は私の話す内容を1ミリも理解していません(本当に聞いていたのかどうかも怪しいところです)。 でも、得た知識を吐き出すことで頭の中が整理され、私の将棋はどんどん上達していきました。全国大会で準優勝したのもこの頃です。   寺子屋で中学生以上の生徒のお父さん、お母さんによく言われる言葉があります。   「子どもに質問されても、私じゃ教えられへんから……」   大丈夫、まだ出来ることはあります! 逆に本人がわかっていそうなところを質問して、説明させてみて下さい。 人に教えるためには、自分自身がその内容についてしっかり理解していないといけません。そして、理解できているかどうかは人に話してみないと案外わからないものです。 私たちが知識を自分のものにするためには、「聞く」「読む」というインプットだけでなく、「話す」あるいは「書く」というアウトプットが必要不可欠です。基本的に、学校の授業はインプットが主なので、家庭学習では学んだことをアウトプットできる環境を作りましょう。   人は読むことで豊かになり、話すことで準備ができ、書くことで厳正になる。   イギリスの哲学者、フランシス・ベーコンの言葉です。 皆さんは準備、できていますか?  ...

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引き算の教育法(2/2)

先日は、親御さんから高校生の娘さんの進路相談があり、その中で僕の高校生のエピソードを話しました。 僕が高校2年生の時「癒しに関わる人になりたい」という夢を描き、接骨院の院長に話を聞きにいった時 「大学なんて行く意味ないよ。」という発言に衝撃を受け、大きく心を揺さぶられたエピソードをお伝えしました。 さて、今日はその続きからです。 塾長「もし大学に行くなら、社会に出た場合の4年間の価値に勝る時間にしなければいけない。そんな風に考えるようになったんです。」 親御さん「なるほど…」 塾「実は僕も、親からは、ほとんど進路について干渉されたことはありませんでした。そして僕は、大学を卒業し、起業家になっている今の人生にとても満足しています。だからこそ、お母さんの『信じて任せる』という関わり方は応援したいんです。」 親「ありがとうございます。でも、これからどう関わっていったらいいと思いますか?」 塾「そうですね…現代は、情報にあふれ、物質もあふれている時代で、実は”与えること”は簡単な時代なんです。つまり、親が進路について情報を調べてアドバイスしたり、遊び道具を買い与えたりすることは、それらを”与えない”よりも、実は簡単なことなんです。時代に流されていれば、自ずとそうなってしまう世の中だということですね。」 親「なるほど…」 塾「だからこそ、”与えない”ことを選択することには、哲学が必要になります。哲学とは、『どれだけ最悪と最高を想定できるか』ということです。お母さんにとって、最高の進路ってなんですか?」 親「親としては、どの大学に行ってほしいというのは無くて、本人が納得した大学に進んでほしいと思っています。」 塾「いいですね。具体的な大学名が挙がるなら、親御さんももっとコミットすべきだったかもしれませんが… じゃあ、最悪は、どこまで想定しますか?例えば、大学受験は、本当にすべての受験に失敗する可能性があります。その場合、浪人を許しますか?それとも、専門学校や就職を視野に入れますか?」 親「そこまでは、ちょっと考えられていなかったです…普通の塾の先生だったら、こんなこと教えてくれないですよね…ちょっとびっくりしましたけど、でも親としてどういう覚悟を持つべきなのかは分かった気がします。」 塾「ありがとうございます。僕は『100年とも言われる長い人生を豊かに生きること』が目的。受験はその手段の一つに過ぎないという考え方で、普段から子どもと向き合っています。だから僕は、”与えない教育”をするんです。 ちょっと厳しい例えになるかもしれませんが、”与える教育”は、農業で言えば化成肥料をやって、農薬で害虫を殺してやって育てる方法。逆に”与えない教育”は肥料や農薬など即効性のあるものを与える代わりに、時間のかかる土づくりに取り組むようなものではないかな、と考えています。もちろん、僕はどちらも大切だと考えていますが、要はバランスの問題。 与えすぎると、自分で考えて判断する力は無くなってしまう。親が決めたような進路では、自分の足で歩む人生は遠のいてしまうかもしれない、ということですね。逆に与えないで、子どものことを信じて、判断を任せる機会を増やせば、厳しい環境で植物が力強く根を張るように、少々のことではへこたれない人生になると思います。どちらかと言うと、僕は後者のように長い人生を自分の力で歩む力を身につけて学生時代を終えてほしいと考えています。だから、桃栗三年柿八年と言うように、時間はかかるけども、寺子屋では”子どもたちの土づくり”に取り組んでいるんです。」 (面談の最後に「瀬戸さんのファンになりました。」と言っていただき、帰られた後に飛び跳ねて喜んでいたことはここだけの秘密。笑) さて、いかがでしたでしょうか。 寺子屋では、親御さんと日々面談を重ね、寺子屋という自由な場を、どんなオーダーメイドの時間にするか、 自由に臨機応変に取り組んでいます。 また、「最近面談してないよー。」という方、いらっしゃいましたら、申し訳ありませんが、ぜひ講師にお声がけください。いつでも時間をこじ開けて面談させていただきます。 ぜひ、寺子屋を積極的に、自由に、伸びやかに。使っていただけたら、塾長としても、こんなに嬉しいことはありません。 一言だけでも、ご感想をLINE@の方で返信いただけると、嬉しいです♪ それでは、「引き算の教育法」完。...

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引き算の教育法(1/2)

先日の、親御さんとの面談中の一幕です。 内容が濃く、長くなってしまったので、全2話でお届けしようと思います! 娘の進路について相談があるということで、こんな悩みを伺いました… 親御さん「娘も、もう高校2年生。そろそろ進路を明確にしないといけません。」 塾長「そうですね。でも、まだもう少し悩む時間はあるんじゃないですか?」 親「私もそう思っていたのですが、周りの親御さんや学校の先生から色々と言われて、正直焦っているんです。」 塾「例えばどんなことを言われたんですか?」 親「『大学受験は高校受験の比じゃなく難しい』とか、『親がもっとしっかりしないといけない』とか…」 塾「確かに、大学受験は高校受験と比べると、『受験で全て落ちる』という可能性がリアルにありますから、その意味では合っているようにも思いますが。」 親「でも、私の時、こんなに大変だったかなと思って。今は親である私自身は、自分の親から特に受験のことなど言われたことがなかったし、その関わり方には感謝してるから… 私も子どもには同じように、放置するわけでなく『信じて任せる』というつもりでいたのですが、どうも周りの様子を見ていると焦る気持ちもあって…」 と、こんなご相談でした。 僕が子どもたちに関わる時は、「信じて任せる」というスタンスを取ることが多いですから ぜひこの親御さんのスタンスを応援したかった。 だから僕はこんな話をしました。 僕が同じく高校2年生の時、人生のターニングポイントとも言っていい出来事がありました。 それは、大学と言えば「兄ちゃんが行ってる大学」くらいしか知らなかった僕が 担任の先生に「このままじゃあかんで。他の同級生は京都大学とか東京大学とかみんな高い目標掲げてるのに」とどやされ、僕は素直になれませんでした。 それは、「みんな一緒で気持ち悪かった」からです。 ただただ高い偏差値の大学を目指すことを否定したい気持ちもある。 でも、僕はみんなの目標に代わるような立派な志は持っていなかった。 それから進路を本気で考えるようになりました。 幼少期からの記憶を色々引っ張り出してくる中、僕は「肩もみが好きだから、癒しに関わる人になれたら幸せだな。」と本気で思うようになりました。 そこで、一番身近に癒しに関わっている大人として、当時お世話になっていた接骨院の先生のところへ話を聞きに行くことに。 「今時こんな高校生はめずらしい!」と歓迎され、自分の腕さえあれば仕事ができるというカッコよさや、やりがいなどを聞く内に「やっぱり僕はこっちの道に進む!」と心が決まりかけた時、その先生に 「大学なんて、行く意味ないよ。」 「4年間遊んで暮らすぐらいなら、専門学校行きながら働いた4年間の方がよっぽど価値がある。」 と言われ、僕の心は大きく揺さぶられました。 「え!?大学って行かんでもいいんや。」(それまでは大学に行くことが当たり前だと思っていた) 「そのまま専門学校行ってもいいな。でも、なんとなく大学には行った方がいい気がする。」 「じゃあ、なんで自分は社会に出て自分でお金を稼げたはずの4年間を捨ててまで、大学に行こうとしているんだ?」 「もし大学に行くなら、社会に出た場合の4年間の価値に勝る時間にしなければいけない。」 次回へ続く…...

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未知は怖くない! 「チャレンジ問題」で伝えたいこと

 こんにちは。ささやま寺子屋塾の池篤志です。 もうすぐ新学期がスタートしますね! 環境が変わり、勉強内容も難しくなると、不安を覚える方も多いのではないでしょうか。 「知らない問題」「新しい知識」に対して最初から逃げ腰になるか、興味を持って飛び込んでゆけるかで、その後の成長は大きく違いますよね。 寺子屋では、知らないことに興味を持ち、新しいことに挑戦する力を育むため、いくつかの取り組みをしています。 今回はそのひとつ、「チャレンジ問題」についてお話します!   その前に、初めましての方も多い私自身の簡単な自己紹介を。 安心してください、塾長ほど長くありません(笑)   私は池篤志と申します。 元々、寺子屋のアルバイト講師でしたが、今年度より合同会社Rufusに入社し、寺子屋の運営に携わることとなりました。 好きなことは将棋で、20年近く続けています。将棋普及指導員の資格を持っており、週末は実家の近くで将棋教室の先生をしています。 そんな私がささやま寺子屋塾に深くかかわることになった最初のきっかけが、寺子屋の自習プリントであるチャレンジ問題の作成を塾長から任されたことでした。 毎週「チャレ問」を作成するなかで、「あの子はこの問題得意そう」「こんな小問があれば低学年のあの子も楽しめるかな」という風に、生徒の顔を思い浮かべる機会が増え、どんどんやりがいを感じるようになりました。   「チャレンジ問題」とは? 簡単に言うと、やや難しい算数プリントです。 小学校範囲の発展問題から、公務員試験問題や「ビジネス数学検定」など題材は様々。宿題を終わらせてしまった小学生のために 「小学生の知識・計算力で解けるけれど大人も楽しめる問題」 というコンセプトで、毎週作成しています。   私は、問題には2種類あると考えています。   正解がすぐにわかる問題。 正解がすぐにはわからない問題。   「正解がすぐにわかる問題」を反復することで、基礎が身に付き、自信が芽生えます。 「正解がすぐにはわからない問題」に取り組むことで、応用力と粘り強さが育ちます。 現在のチャレンジ問題は、「正解がすぐにわかる問題」が2割、「正解がすぐにはわからない問題」が8割の割合で作っています。 学校などで出される算数プリントとは、おそらく逆でしょう。普通は基礎問題が8割、発展問題が2割の比率だと思います。 なぜチャレンジ問題は「正解がすぐにはわからない問題」が多いのでしょうか?   それは、わからない状態に慣れてもらうためです。   寺子屋では、生徒がチャレンジ問題をすぐに解けなくても、しばらくヒントは出さず様子を見ます。自力でできなくても、ネガティブな声掛けは一切しません。わからないことは、恥ずかしいことではないからです。 そして、ヒントを出して誘導し、解けたときは心から褒めます。なにしろ大人でも簡単には解けない問題です。 「すぐにわからない」ことが当たり前になれば、未知への恐怖はなくなります。新しいことを学んでも、心がくじけなくなります。むしろ、すぐにはわからない正解を見つけ出す快感を知っているので、どんどん難問にチャレンジしていきます。 これは、初めてのプールでは水に顔をつけるのも怖かったのに、息苦しい状態に慣れることで次第に「何秒潜っていられるか勝負」を始めるのと似ているかもしれません。 将棋では、難解な局面で読みに耽ることを「長考に沈む」といいますが、手が見えない状態で考え続けることはそれこそ水に潜るような苦しさがあります。でも、プロ棋士は途中で顔を上げることはありません。いつまででも思考の海に「沈んで」いられます。 すぐに答えがわからない状態。に慣れる。 人生においても、大切な力ではないでしょうか。   先日4月2日(火)の寺子屋では、改元の時事ネタでカレンダーに関するチャレンジ問題を出題しました。最後の一問は難関中学入試問題をもとにした難問です。 苦労してその答えを見つけた生徒に「実は正解は他にもあるねん」と言うと「なぜそれを早く言わなかった」とばかりにすぐまた考え始めました。 もうプリントは全問正解してるのに……再び潜る。こういう成長が見られると、チャレ問作成者としては嬉しく思います。 その問がこちら。   図のカレンダーから5つの日付を選んで、数字の合計が81になるようにせよ。 ただし、同じ週や同じ曜日は2回以上選んではいけない。   皆さんはいくつ見つけられますか?  ...

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